中野たてもの応援団

歴史的建造物についての勉強会や、建物見学会などを通して、私たちの身近である建物を大切に思う気持ちを共有し、これからの中野のまちづくりに活かしていく方法を探っていきたいと思っています。

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自由学園明日館見学会

建築家フランク・ロイド・ライトの作品で、国の重要文化財である自由学園明日館。
12年前に修復工事を担当した現場監督の斉藤さんによる解説、日本で誰よりも知り尽くしている方が応援団メンバーにいてよかったです。

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3年かかった。ボロだから誰も引き受けない。
定年後1年かかわってやっと終わった。バラックでも使ってたので危なかった。
ヨーロッパ風で柱が多い。床と入り口が同じ高さ、日本の気候を理解してなかったので、浸水してボロボロを修復した。
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ここの4本の桜を残すのが大変だった。館長は残したいというし。
交換条件を出して、裏の木を切った。いまや桜はイベントになってる、残してよかった。
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天窓は文献を調べて、手でほったらあった。
建具金物も古いものをたたいて使った。

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食堂を造るのは文化財とは別棟で考えた。
身体障害者のためのエレベーターなど新しく建物を作った。
ショップも3階建てにすると景観をそこねるので、地下にした。
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芝生のところに3階建てのプレハブを作り、古い部材を解体してしまっておいた。
屋根は緑青銅板、役所から反対された。
予算がないので、脱却式のシートでやった。
施工会社で、工夫した。

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この奥の部屋の柱の位置が変な場所にあり、おかしいなあと全解体したら基礎工事の跡が出てきた。
黒板が見えないからとずらした位置に結局は落ち着いた。この部屋は鉄骨を入れた。
この部屋がライトの基本だ。
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なぜ戦争にも残ったのか、アメリカ軍はライトの設計と知って、爆撃しなかった。
壁のフレスコ画はぬりつぶされてたが、手作業で掻き出したら絵が出た。
戦争の関係でつぶしたそうだ。
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地下から昔、使ってた鍋が出てきた。
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帝国ホテルと同じタイル
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漆喰の磨き
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漆喰の引きずり仕上げ
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各所に使っている大谷石は、硬化剤で埋めた。
古い石をなるべく使った。
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女子部の生徒の椅子と机
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講堂は広くて落ち着いてる。結婚式場に人気だ。
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こらこら手を突っ込んでるSさん

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階段の一番下が小さい、でも治せない。これが保存だ。という斉藤さんの言葉はとても重かった。
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一番苦労したところをお聞きしました。

本当にできるのか。半解体でできるのか。
思った以上にバラックだった。
柱をつないでいたヵ所が多い。
補強の仕方が検討つかなかった。
グリーンの色、壁の色がむずかしかった。
体力がないと現場監督になれない。
年上の人たちを使うのは大変苦労した。
自分の父、母の年代を相手に神経を使った。
有名な建物を修復したかった人たちが口を出してきた。
昔の資料を貸してくれなかった。

斉藤さんありがとうございました。
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パンフを1000部も折ってくれたり、名札係や、いろいろな担当の斉藤さんがいつになくご立派にみえました。

明日館
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