中野たてもの応援団

歴史的建造物についての勉強会や、建物見学会などを通して、私たちの身近である建物を大切に思う気持ちを共有し、これからの中野のまちづくりに活かしていく方法を探っていきたいと思っています。

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小舟による江戸の外堀巡り

中野たてもの応援団メンバーの前野先生が募集してたので、参加してきました。

浅草橋から乗船し、万世橋、水道橋、後楽橋で左折、一ツ橋、神田橋を抜けて、日本橋、茅場橋、日本橋水門を通過し、佃大橋、勝鬨橋、汐留から東京湾へ、浜離宮を眺め、有明貯木場を見て、明治丸を眺め、隅田川大橋、両国橋で左折し浅草橋に戻るという2時間半のコースでした。解説と橋の説明と歴史のプリント付きでした。解説は中野たてもの応援団名誉会員、芸大名誉教授前野先生でした。
柳森神社、1458年太田道灌が江戸城を築いた時、江戸城の鬼門除けとして建てたもの。浅草橋からこの辺りまで柳並木だった。

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いつもと違う場所から眺める日本橋
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日本銀行本店
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なんだろう?
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海鵜の群れ
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海へ出ると爽快で気持ちよかったです。佃島のマンション群
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佃大橋
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きれいな橋の下
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すれ違う船に手を振るNさん
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こちら側はひらがな
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こちら側は漢字表記
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鯉の死体?
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海鵜?
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浅草で妙な風景
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橋には名前の由来になった古い歴史がある。きじばし、客に差しあげるキジを飼っていた。
堀に寄贈した殿様のサインがある 。神田は、神様に備える稲をそだてるたんほがあったので神田とついた。前野先生の幼少期は、七面鳥が友達だったが、ある日、物置にぶら下がってた。それから鶏肉は食べれなくなった。などと詳しい解説でした。

浅草橋から海へ出るまでは、ネズミの死体、鯉の死体が浮いて臭かったけど、東京湾は涼しくて清々しかったです。初めての小舟遊び、たのしかった!


 

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