中野たてもの応援団

歴史的建造物についての勉強会や、建物見学会などを通して、私たちの身近である建物を大切に思う気持ちを共有し、これからの中野のまちづくりに活かしていく方法を探っていきたいと思っています。

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町歩き「旧中野刑務所と新井の住宅」

先月とはうってかわって快晴にめぐまれました。
西武新宿線「沼袋」駅に13時半集合、資料代100円を払って、注意事項を聞き出発。
14人の参加、3名は応援団外参加でした。
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まずS邸、昭和12年築
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格天井(ゴウテンジョウ)
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空気取りにもちょっとしたデザイン
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回転窓の欄間

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当主様が説明してくれました。

新井小学校の一期生だそうです。
昭和20年4月13日に空襲、焼夷弾があたった。オヤジが消した。
5月25日は、大きな空襲で母が消した。身体に水をかけて、一人で消したが、火脹れになった。
この家で死なないとどこの誰かわからないと思ったそうです。

みんな焼けて、近所の人が避難に泊まっていた。
ここは、分譲地だった。
軍医が多く住んでいた。所沢、三宅坂、立川へ通うのに便利だった。
戦後の土地区画整理で3割を取られ、竣工から10数年後に曳家したので、土台がきれいになった。
それがよかったのでもっている。
屋根瓦の大きさが違うので、いまはないので困ってるそうです。

中野刑務所門 大正4年築 後藤慶二設計

今から29年前に解体となり、保存運動がおきて、正門だけ残った。
市ヶ谷の監獄がうっつてきた。
政治犯思想家が収監されていた。大杉栄、荒畑寒村、亀井勝一郎、小林多喜二等


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イギリス積み煉瓦の話を小西団長から聞くみなさん
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1枚の下が小さい煉瓦3枚がイギリス積み
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裏側の一部はオランダ積み。間に小さい煉瓦が入ってる
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天井の漆喰は、昨年の地震で一部が欠損したのではがした。
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壁をななめにするために。三角にした。
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マンサート屋根だけが木造。三角部分はデザインのためだろうと思われる。
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横の部分

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煉瓦は受刑者が焼いたそうです。

路地裏を歩いてD邸へ
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D邸
13年築、戦災もこの1角だけ残った。
この辺りは、赤松の林だった。当初は、スレート瓦だったのを変えただけ。
玄関は大正ロマンのスパニッシュ作り
当主様から説明していただきました。

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最後は大場通り、現在の早稲田通り沿いのK邸
昭和12年築の米屋 出桁建築

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当主様が説明してくれました。
昨年の地震で屋根瓦が落ちたので取り替えました。
現在は工場、2階は住居、工場では細かい細工をしています。
息子さんが新座で工場を経営していて細かいものだけここで作ってるそうです。
梅ちゃん先生にでてくるノブの工場みたい。
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節が抜けるので、無節の板

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1階は中庭も室内?昔の玄関より外側に現在の玄関があsるので。
室内に出桁
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室内に柿の木、1年おきに二股に分かれた木に実がなるそうです。
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みごとな大瓦

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16時となったので、一旦解散し、有志だけで中野ブロードウェイ先の建築を見学に。

土曜日だけここで医院を開業している。
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町歩きの最後は、中野新名所のセントラルパークでパンケーキ!

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