中野たてもの応援団

歴史的建造物についての勉強会や、建物見学会などを通して、私たちの身近である建物を大切に思う気持ちを共有し、これからの中野のまちづくりに活かしていく方法を探っていきたいと思っています。

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>

>> EDIT

かやぶき屋根のお掃除ボランティア

3回目のお掃除ボランティア、秋の落ち葉シーズンで所有者がお一人でお掃除しても追い付かないので、喜んでいただけました。

庭にある物置の前にはしごが出してあったので、その上から。
いつも中杉通り通るときに、あの林はなんなんだと思っていたのですが、今日、謎が解けました。
20159.jpg


新聞紙発見
土間上の板敷の間の茣蓙の下には新聞が敷いてあって、そのうちの1枚。赤尾敏の名前があって、すごいなぁと思っていたら、SさんとK先生に、ぜんぜんリアルタイムで史料的価値はないよと言われてそれはそれでちょっとびっくり。そういやそうなんですが。今ネットで調べたら、赤尾敏って1990年まで生きていたんですねー。それはそれでびっくり。新聞は概ね昭和36~38年のものが使われてました。

15856.jpg

茣蓙を剥がす作業。茣蓙は劣化が激しく床にへばりついているところもあったりしました。しかし剥がす作業よりも、ホコリに参りました

15916.jpg

今日、初めて参加した新人×2は新聞がものめずらしくて、結構見入ったりしていました。首都高の計画の広告があったりして、それはとっておいたと思います

15933.jpg


板の間にあった食器棚の中。生活痕が生々しく。10年前まで人が住まれていたというから当然ですが。

20034.jpg

食器棚の脇に取り付けてあった竹製のおたま挿し?というか。花入みたい。一番下のしゃもじが手のひらよりも大きくて、なんだか切なくなりました。昔はこんな大きなしゃもじを使って料理したり何かするほど、この家には人がたくさん出入りしていたんだなあと。勝手な感傷ですが。

20053.jpg

梅漬けというか梅干というかです。上にかけられたチラシが、2002年の高島屋の『鉄腕アトムの軌跡展』のものでした。まさに10年前。梅もこのとき漬けたんですかね…。

R0018620.jpg

ご主人がお茶をふるまってくれて、一休みのひととき。
20126.jpg

銀杏があるということでみんなで拾いに行きました。あのときギャアギャアと姦しく鳴いた鳥はなんでしたっけかね。(尾長鳥じゃないの?それよりも銀杏くさいよ(>_<)*山本)

20143.jpg


御札を祀った額。いつも思うのですが、中野はだいたい御嶽か榛名なんですね。氷川神社が水神で中野の総鎮守なんですが、なぜか家の御札はどこも御嶽、榛名、秋葉の山岳信仰のものばかりなのは不思議。額に木刀をかざしてあるのも謎。聞いてみたいですね。あと、写真には撮りませんでしたが、神棚は今も手入れされているのでは?と思いました。
20212.jpg


一通り土間を掃除した後の状態。右手奥には金庫があり、動かせませんでした。板の間の真ん中に置きっぱなしになっていた食器棚も端に寄せました。戸板みたいなのが裏返して置いてあるのは、板を踏み抜いてしまったところです。金庫前は僕が踏み抜きました…すみません。

20227.jpg

6月にお別れ見学会をした旧田村邸も更地になってました。
20417.jpg


旧田村邸。更地になった奥の地下物置の跡。大谷石で作られてます。Sさん曰く「上等な石なのでは」とのこと。K先生に確認取ってないですね。そういえば。

20401.jpg

その目の前にあるのは前川國夫の鷺宮住宅。びくーりしました。

143427.jpg

Aさんの写真より
森の中の1軒やは東京都中野区です。
P10100781.jpg

縁側
P10100632.jpg

室内は真っ暗
P10100664.jpg

P10100673.jpg


今回のレポートは9月に入団の大型新人Tさんの文章と写真、若きAさんの写真をもとに書きました。
初めて参加したので、まったく別なところから観ているので、新発見が多かったですね。
スポンサーサイト

| 活動記録 | 14:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント:

TRACKBACK URL

http://nakanotatemono.blog.fc2.com/tb.php/54-9c0ebeaf

TRACKBACK

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>